江戸時代のエコライフ
2004/12/12 文責:ノリ
まず、江戸時代が高度な循環型社会だったって事は、何となく知ってると思います。
細かいシステムや工夫は挙げていくとキリがないけど一言で言うならその理由は、「太陽エネルギーを最大限活用する生活」をしていたから。
今回はそれがどんなものだったか、ちょっと紹介していきたいと思います。
《参考文献:石川英輔 『大江戸えねるぎー事情』講談社 2003》
1、熱源之噺
石油も石炭も殆ど知らなかった150年前までの日本人は、太陽エネルギーを吸収して育つ植物と、それら植物資源を利用して暮らしていました。だから基本的 に、一年間で得られる太陽エネルギーを一年間で消費する社会システムの中で暮らしていたと言えます。いわゆる「持続可能な発展」が実現していた社会なわけ ですね。
化石燃料の代わりに熱源を供給していたのが炭や薪。それをもたらしてくれるのは、他でもない森林です。森林は燃料だけでなく建築資材や木製品の原料の供給
地であり、天然のダム・水道でもあり、太陽エネルギーを人間が利用できる形に変える最大の変換装置だったわけです。江戸時代の人々は、人工林を育て、生活
に利用する形で管理し、巧みに森林資源を利用して生きてきました。
大都市の近くには必ず林業が発展していたし、何より人々が、自分たちは森林に生かされているという自覚を持っていました。まあ、人口の大半が農業や林業の
従事者で、日常的に里山を利用して生きてたわけだしね。寺子屋の初歩的な教本にも森林の重要性を説いた漢文が使われていたそうな。
2、生活之噺
都市での生活を見てみましょう。江戸の職業には数々の修理業や古着屋、古道具屋等のリユース業が見られ、その数は蕎麦屋とほぼ同数の4千店にも及び、江戸
の基幹産業のひとつといえます。例えば研ぎ屋、下駄の歯入れ、そろばん直し、提灯の張り替え屋等等。職人は作った製品を自身で修理する事が多かったため、
壊れにくいよう、また修理しやすいように作っていました。生活用具の殆どは植物性だから最終的には燃料になったし、金属類は溶かして何度でも使ったわけで
す。
そして排泄物も貴重な肥料だったのは良く知られてますね。都市住民の排泄物を農民が買って、米や野菜を作って都市に供給する。捨てるものほとんどない、完璧な循環型社会です。
そもそも、江戸の暮らしの中で必要な道具というのも本当に少なかった。生活必需品といえば、衣服に布団、調理器具や食器、タライくらいのもの。庶民は衣服
や食器も沢山持ってたわけじゃないから、箪笥も棚も要らなかった。(また生活用具や食べ物、嗜好品等あらゆるものを行商人が売り歩いてました。これは店を
構えて維持するためのエネルギーを必要としておらず、売る側も実にエコ的)
3、心持之噺
もちろん、これくらいの道具しか使わず、しかもそれらに最大限の手をかけて生活していくというのは、現代人には耐えられない程不便で面倒臭いことです。で
も江戸時代の人々にとっては当たり前で、しかもその状態に満足していたという事が、この社会が250年にもわたって続いた事から分かります。太陽エネル
ギーだけの生活では有り余るほどの物を手に入れることが出来なかったから、貴重な物資を出来るだけ有効に利用することが、「豊かに生きる」事だったわけで
す。
便利さと効率を求めるのは人間の性かも知れない。しかし、「足ることを知っているものにとってのみ、この世は豊かである」という言葉があります。150年
前の化石燃料を知らなかった日本の人々は、太陽エネルギーの生活の中で、その利用の限界を知っていた。それを最大限に活用するために身につけたのが多くの
知恵と、そして「足るを知る」、節度ということなのでしょうか。